■地獄の台湾遠征(のっち@那覇太鼓会長)
台湾公演は「緑の博覧会」という一種の万博です。1日では回れないほどの広い会場で1ヶ月間行われ、会場にはいろんな催し物や展示などがあって見る人を楽しませてくれます。その中の一つに遊具として巨大トランポリンがあり見ているだけでとっても楽しそう!もちろん那覇太鼓の子供たちもそれに乗りたいとのことなので引き連れられて、いざトランポリンへ!そんな乗り気ではなかったが乗ってみると以外や以外!結構おもしろい。いや、でーじ楽しい♪「ヒャッホー」「飛べ飛べ!飛びまくれ!」演舞の疲れも忘れるぐらい夢中になれるこのすばらしいトランポリン様、ひょっとして癒し系?などと思いながら続けていると終了の笛の音が。
次の公演の準備があるのですぐに控え室へ。控え室では何やら子供たちがこちらを見てはニヤニヤ、ニヤニヤ。気持ちが悪いので理由を聞いてみると、次の演舞、しっかりと踊れたらまたトランポリンに乗せてほしいとのこと。私はすぐにOKを出し完璧だったら乗せてあげるよと交渉成立。演舞スタート!さて、子供たちの様子はというと、スゴイ!すごすぎる!エサがあるとここまでやるのかというぐらい素晴らしい表情。終始笑顔です。もう私の心は1つ「トランポリンに乗せてあげよう」と、しかし、次の演舞は都合上すぐだったため時間がない。そこで考えた秘策が、「さっきはすごかったよ。でも90点ってとこかな。次100点取ったら乗せるよ」大人ってヒドイと思いながらも言ったが、ちびっ子どもは闘志に火がついたのか次の演舞、スゴイ!さっきの演舞を更に上回っているぅ〜〜もう私の心は1つ「トランポリンを買ってあげよう」(またウソ言ってる)
完璧な演舞を終了後、急いでトランポリンへ。私自身も飛びまくりたかったのでいっしょにジャンプ!ジャンプ!し・か・し、悪夢は突然やってくる。私が倒れた所へ空中よりボブ・サップのようなプロレスラーが急降下!私の腹部へ強烈なニードロップをお見舞い。私はそのままリングアウト。気を失わないように呼吸を整えるので精一杯、激しい痛みは私の唯一の元気を奪い去り、最終日は死人同然でした。
遠征へ出るといつも何か不幸に見舞われるのはなぜだろうと現実と地獄のはざまで苦しみながら考えたことは、子供たちをだましたのがいけなかったんだろうと思いもう二度と子供たちの純粋な心をもてあそばないぞと思いながら台湾遠征その1を作成しました。痛〜い(>_<)
ついでに、●新聞掲載への道に台湾の地元紙「自由時報」2003年3月15日の紙面を追加しました。(ともやん)
■台湾からの電話....その2
日曜日。私が台湾遠征に行けなかった原因の「お仕事」に精一杯打ち込んでいると、“通知不可能”の電話が携帯にかかってきた。
「そう言えば、昨日の夜の電話も非通知だったな。」と思いつつ取ってみると、案の定!遠征メンバーからでした。
電話の内容は無事、演舞の全日程を終えお客さんの反応も上々とのこと。バッチリいい踊りを見せたらしい。(相変わらずミスも目立ったようだが!)
帰ってきてからの報告が楽しみだ。
■台湾からの電話
現在、沖縄時間で15日(土)になったばかりの夜AM0:19。ハッキリ言って寝てました。
沖縄時間の14日(金)PM19:50に台湾に飛びだった遠征メンバーからの電話で起こされました。向こうは携帯電話が沖縄並みに復旧しているらしく緊急の連絡用に携帯電話を準備しているとは聞いていたが、こんな事に使っていいのだろうか?
携帯電話の向こうから聞こえて来るのはあいも変わらず、大騒ぎしている笑い声。
「もう飲んでるの?」と聞くと
「まだバスの中。ホテル着くには、まだ時間がかる。」との事。
台湾との時差は1時間なので向こうはPM11:00くらい。空港からホテルまでちょっと距離があるようだ。
「じゃ〜まだ飲んでないんだ!」
「うんん、ビールいっぱい買い込んで飲んでる〜〜〜」
あ〜そうでっか!あきれたけど、
かなりうらやましい。いや、で〜じうらやましい!
ちっ、目がさめてしまった。どうしてくれる!(怒)
■台湾、再び
今年の初遠征が3月14日(金)〜17日(月)にあります。行き先は台湾!そうです、2000年の9月に那覇太鼓初の海外遠征をおこなった台湾です。(正確には豪華客船の中)
ん〜〜なつかしい。3年前に出演した私は、物思いにふけずにはいられない。
地方(三線)1、大太鼓2、締太鼓3の計6名で参加しましたが、今考えるとちょっと無謀ーな挑戦だったかも知れない。しかし、今回は13名ものメンバーを送り込むので、前回よりもパワーアップした那覇太鼓の演舞を見せられると思います。
◆2度目の台湾遠征を祝して2000年9月の「豪華客船スターアクエリアス号」をアップしました。
※この「豪華客船スターアクエリアス号」は、私が那覇太鼓HPの管理者になる前に実験的(勉強のために)に作成したページです。たぶん2002年の初夏頃だったかな?誤字脱字があったり、写真が大きかったり(重かったり)してますが、戒めのためにそのままにしてアップしてます。笑ってやって下さい。作り直すのも面倒臭いのでその内、削除するかもよ〜〜〜。
■たまに、夕飯を家で食べると・・・
たまに自宅で夕飯を食べると、おかずが豪華になる。いや、正確には冷蔵庫の残り物が大量に出てくる。
私はこう見えても(←見えてないって!)大食いの方です。どのくらい大食いかと言うと、一日の食の中でメインだと思っている夕飯の時には、必ずと言っていいほどご飯をおかわりするほどです。(あれっ、それほどでもないか?)
その日もパッと見ただけで、お汁・ごはん・刺身・サラダ・チャンプルー(炒め物)が準備されていた。合掌し「ただきます。」と心の中で唱えてから箸を持つと、さらに今日のお昼か昨日の夕飯の余り物か解らないが、明らかに時間のたち過ぎた残り物おかずがチンされて一皿に盛られて出没。さらにあげたての野菜テンプラを「ゴトン!」と置かたひにゃ〜〜〜〜、流石の私も顔が青くなった。
胃腸拡張計画かフードファイト養成講座が密かにすすめられているのかと思うほどの量にビビりまくったが、今日のおかずがこれで打止めになった事に胸を撫で下ろした。たまにしかお家で夕飯を食べない、息子の食生活を心配したお袋の愛のある「かめー、かめー攻撃」をさける事ができず、覚悟を決めて食べだした。
リズムよく食べるのが大食いの秘けつだと、どこぞのテレビ番組が言っていたのを思い出し、おかずを刺身→チャンプルー→残り物→サラダ→テンプラ(→刺身にもどる)の順序でループ・リズムを刻み、間にお汁とご飯をミックスして踊って..いや、食べていました。
食事も終盤に差し掛かかるとやはり、苦しくなってきた。そこで味に変化を与えるべくテンプラをイカリソースにつけて食べる事にした。ソースの“ピリッ”とした味覚が刺激となりラストスパートに拍車がかかった。
しかし、完食できると安心したのがいけなかったか、最後の刺身を持ち上げて醤油につけた時、
「うぉっ!」
と叫んでしまった。
醤油だと思っていたのはイカリソースでした。ショックのあまりソースに浸した刺身が動かせません。ソースを出した時にテンプラ→刺身ではなくてテンプラ→他のおかず→刺身に変更していなかった自分の未熟さを呪いました。「捨てるか!」としばらく自問自答をくり返したが、貧乏性の私にはできるはずも無く、意を決して口に運びました。
「・・・・」
文章では表現できません。知りたい方は実際に試して下さい。
●活動の軌跡を大幅に更新&小禄南公民館まつりその2を追加しました。
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